2015年11月9日月曜日

逃げる放射能廃棄物の流れ:佐久平から、今度は伊那谷へ

福島原発が爆発した直後、放射能物質に汚染された関東のゴミ(植木や落葉、木材チップ、稲藁などなど)を焼却した灰(8000Bq/kgまでのもの)が、信州佐久(正確には小諸市だが)に持ち込まれた。

持ち込んだのはフジ・コーポレーションという産業廃棄物処理業者。持ち込んだ先は、豊かな農地のど真ん中に、この産廃業者がつくった最終処分場(実際、真横にブルーベリー農園や農業法人の管理する広大な農場などが広がっている)。

軽井沢や御代田、そして小諸の高峰高原や、佐久市の内山など、群馬県境に近いところではひどい放射能汚染が発生した信州だが、そのわずか数キロ先の佐久平まで下りてくると、土壌の放射能汚染は50Bq/kg程度と非常に軽微なレベルに抑えられていた。これは、高度1000m-1300mで関東より飛散してきた放射能プルームを、ちょうどその標高にある佐久山地の山々が防いでくれたからだ。

東京を含む関東平野の汚染の平均は1,000-3,000Bq/kg、ひどい所は10,000Bq/kgを越えるようなところもあったわけだから、信州佐久平に、わざわざ関東から8000Bq/kgの焼却灰を運んできて捨てるのは、「狂気の沙汰だ」と言う人がいてもおかしくないだろう。

しかし、佐久、小諸の人々のなかには、この最終処分場の存在が不合理であることを感じ取っていた人々がいて、市民運動を起こし、最終処分場に放射能汚染された灰などを捨てないように要望しはじめた。長野県、小諸市、そして佐久市の行政や役人たちは、放射能物質の恐ろしさに関しては、まったくの無知で、素人であったため、市民の声に耳を傾けることに失敗しただけでなく、産廃の肩をもつような態度を見せた。自分たちに寄り添ってくれる行政を味方に、産廃業者は自分たちのやっていることは、「県民、市民のためになっている」と勘違いし、こともあろうに、市民運動を潰すような訴訟を起こした。そのやり方は、「スラップ訴訟」というもので、市民運動を展開する中心人物ひとりに狙いを定めて、個人攻撃するやり方だった。

これに、敢然と立ち向かったのが、市民運動のグループメンバーであり、東京弁護士会の保田行雄弁護士、そして環境学者の関口鉄夫先生だった。

保田弁護士は、カネミ油症事件や、薬害エイズ訴訟で厚生省やその監督下にあった化学工業や製薬業者を相手に闘い、そして現在福島原発事故による放射能汚染による損害に対する賠償を巡って、国と東京電力と闘っている弁護士だ。

また、関口鉄夫先生は、廃棄物と環境の問題に長年携わり、近年では放射能廃棄物や、汚染物質などの問題を、「処理」「環境」の観点から研究し、それを市民活動へと応用している「動く」学者だ。東京新聞の「こちら特報部」の記事で、私は関口先生のことを初めて知った。

フジ・コーポレーションは、「埋め立ては安全であり、人々のためになっているのに、それを批判するとはけしからん」という主旨で、市民運動の中心に立っていた長岡直仁さんを、2013年11月(今から2年前)に名誉毀損で訴え、損害賠償として1100万円を請求した。裁判は当初佐久地方裁判所で行われていたが、事の重要性を感じた裁判所は、上田地裁に場所を移し、より経験のあるベテラン裁判官に裁判は引き継がれた。

廃棄物処理を「必要悪」を見なせば、公共の利にかなう、という司法判断が出てもおかしくなく、裁判の行方を、息をのむような緊張感で見守っていたが、今年の春、ついに判決が出て、長岡さんの完全な勝訴、つまり産廃側は「惨敗」に終わった。

県や市の信頼を失うことを恐れたか、自らの名誉を守るために、産廃業者は東京高裁の抗告し、今度は東京の霞が関に場所を移しての闘いが始まった。一般の市民が、裁判のためだけに、わざわざ東京にいくのは大変なことだ。しかも、高裁の雰囲気には異様のものがあって、判決に不服だとメガホンで叫ぶ人やら、原発再稼働反対や、安保関連法案に反対するメガデモの叫び声、さらには裁判に向かうヤクザ風のひとたち、などなど様々な人で周辺は溢れている。こんな環境に身を置き、裁きに参加する心持ちを察するに、針で刺されるような痛みを感じた。フジ・コーポレーションは、弁護士を入れ替え、増員し、巻き返しを測ってきた。資金力にものをいわせて、圧倒しようということだったのかもしれない。

東京高裁の判決は、またもや長岡さんの勝訴だった。産廃側の主張は完全に「棄却」された。(彼らは最高裁にも訴えるつもりのようだが、おそらく無駄足に終わる、と大方の筋は見ている。)スラップ訴訟では、負ける市民活動グループも多くあるようだから、ほんとうにこの結果には安堵した!

ところがである。佐久平で敗北したフジ・コーポレーション(表向きは関連会社のハクトーの名前を看板に掲げているらしいが)は、今度は強い放射能を帯びた焼却灰(8000Bq/kgまでのものならなんでも)を埋める最終処分場を、事もあろうに伊那に建設する計画を新たに構想しているというから驚いた!微弱ではあるが汚染のある佐久平と違って、伊那谷は関西と同じ「セシウムフリー」の地域だ。市田柿や、寒天など食品工業が伝統的に強い「聖域」とよべる信州の地域である。(信州大学の農学部も伊那にある。)この地は絶対に守らなくてはならない。

長野県が、この処分場建設に許可を出すならば、まだまだ産廃業者の息のかかった「役人」が、善光寺平にはまだまだたくさん居る、ということだ。悪いのは産廃だけじゃない。

リニアモーターカーの問題で傷つけられた南信の人々に、さらなる苦難が降り掛かっている。しかし、佐久平で長岡さんを守って闘って勝ったように、こんどもみんなの団結によって、この挑戦をはね除け、信州の自然環境を守りたい。100年、そして1000年の未来のために。(セシウム137の半減期は30年だから、現在の闘いとは、すなわち、少なくとも300年先の未来のための闘いである。)




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