2013年2月17日日曜日

東大の2次試験の数学:2003年の第6問

東大の2次試験の問題を見ていったら、2003年の第6問に出くわした。思わず笑ってしまった。それは、「円周率が3.05より大きいことを証明せよ。」たったこれだけ。ヒントはなし。しかし、これはすごくいい問題だと思った。とにかく、「よく考える」必要がある。

とはいえ、限られた時間内に、この問題に取り組めるだけの精神的余裕があるかどうかは別の話となろう。この問題を見て、パニック状態に陥った学生はかなりいたはずだ。とはいえ、こういう問題に取り組んでこそ、「本当の勉強(ある意味、研究かも)」だ。しかし、いったん方針が立てば、これほど簡単な問題もない。中学生でも解けるだろう。その意味は、おいおい明らかになろう。私がこの問題を見て、どのように思考していったか、記述してみる。

最初は3.05の意味を考えてみた。3と5/100、つまり3+(1/20)。1/20? なにか意味のある数字なのか?しばらく粘ってみたが、思いつかないので、この線で解くのはあきらめる。(5分くらい?)

次に思いついたのは、arctan(1)=π/4を利用して、左辺をテイラー展開して、不等式で押さえ込んでいくというもの。しかし、arctan(x)のテイラー展開の符号は交代的になるので、不等式で下限を抑えにくい。さらに、テイラー展開は高校の数学では教えない。よって、この線もあきらめる。(ここまで10分程度。)

ということで、やっぱり図形的に考える事にする。円周率のそもそもの意味は、円周の長さに対する直径の比率、ということだから、半径1の円の円周の長さを簡単な図形で近似して、それが円周より短くなればいいはずだ。つまり、円周/直径=πだから、「ある簡単な図形の周長」÷ 直径(半径が1だとすると2)が、うまい具合に3.05程度になる図形がどこかに出てくるはず、と当たりをつける。まあ、最初は円に内接する正三角形か、正方形から始めるべきだろう。なんといっても、小学校から馴染みのある図形である。(正多角形(n角形)が便利なのは、一辺の長ささえ計算すれば、あとはそれをn倍するだけで、その図形の周長が求まるから。)

三角形より四角形の方が、より「厳しい」近似なのは確かだから、まずは正方形から計算を始める事にする(左図に相当)。
postscriptで図形を描いてみた。
(高校数学ではpostscriptをどんどん教えるべきではないだろうか?)
正方形をさらに4つに分割し、2等辺直角三角形の「斜辺」、つまり一番長い辺の長さを計算する。半径が1なので、簡単に√2ということが求まる。これが4つあるから、4√2が正方形の周長となる。これを円の直径2で割ったものが、円周率に対する近似となるが、内接しているので明らかにπよりは小さくなるはず。すなわち、π>2√2という不等式が得られた。右辺が見事に3.05となっていれば、ここで証明は終わりになるのだが、さすがにこれは東大の入学試験問題だ。そうは問屋が下ろさないはず。√2=1.4142くらいは理系人間でなくとも覚えているはず。これを代入すると、π>2.8284となった。残念!3.05よりはずっと小さい。つまり、正方形では近似が粗すぎるのだ。(ここまで15分。)

そこで、今度は正8角形にチャレンジする(上の右図)。基本的な図形を抜き出して考える(下図)。

円の半径が1であるということ、正方形の拡張になっていること(例えば、角AOB=90度であることや、AB=√2であることなど)、などを元に考えれば、中学生程度の知識でも(つまりはピタゴラスの定理)、CB2= (1/2) + (1-1/√2)2であることは計算できる。これを8倍すると、正八面体の周長となる。

円周率の近似はそれを2で割った数になるから、
となる。電卓でこの数字を計算してみると、3.0614676....となる。これは3.05より大きい数だから、見事にπ>3.05が証明できたことになる。しかし、日本の大学では、試験会場に電卓を持ち込む事ができない。果たして、√2の値をどこまで覚えていたら、このやり方で解けるのだろうか?

まず、√2 〜1.414で試してみる。2-1.414 = 0.5858となる。こいつの平方根を計算するのは大変なので、まずは近似的に見て見よう。0.72=0.49であり、0.82=0.64だから、明らかに0.5858の平方根は0.7と0.8の間にある。中点の0.75で試してみよう。0.75×0.75 = 0.5625となる。結構いい値が出た。しかし、この値を4倍すると2.25にしかならない。3.05とはほど遠い。(試験会場でこの結果が出たら、心の弱い学生はここであきらめてしまうかもしれない。)では、0.76はどうだろうか?0.762=0.5776。0.5858にさらに近づいた。4×0.5776=2.3104...だめだ。全然届かない。0.77はどうか?0.772=0.5929>0.5858。これはオーバーしてしまうので、採用できない。
ということは、0.76と0.77の間の数を狙わなければならない、ということになる。精度を一つ上げて、0.765で試してみよう。0.7652=0.585225! オーッ!かなり近い値が出た。これならいけるのでは?! 0.765 × 4 = 3.06 (>3.05)!!!やったー!


これで証明終わり、となる。近似計算で少数第3位まで、心が折れずにもっていけるかどうかが、この方法での勝負の分かれ目となる。実際、最後の試行錯誤に時間がかかり、全部で30〜40分程度の時間がかかってしまった。しかし、計算の中身は、簡単な中学レベルの幾何、それから平方根の(簡単な)数値解析だけだ。もちろん、電卓があったら数値解析は不要になる。つまり、この問題は中学生でも解ける問題なのだ。

火星探検のメンバーの一人に選ばれたあなたは、火星の周回軌道上で事故に遭遇。その影響で、コンピュータ、電卓、通信機器などすべてのエレクトロニクスデバイスが故障してしまった。地球まで帰還するために、ロケットの噴射時間を手で計算することになったあなたは、その計算の最後の最後に、円周率の値が必要になったのである。義務教育で、π〜3と教わっていたあなたは、それをもとに軌道計算をしたが、一抹の不安を感じる。「ほんとうにこんな整数近似で地球にちゃんと帰還できるのだろうか?」と。幸い、πの値は3より大きいことは覚えていたあなたは、円周率を3+εと変数表示し分析してみた。するとπを3.05より大きく見積もった場合と、3.05より小さく見積もった場合で噴射時間は大きく2つに分かれることがわかった。そこで、多角形近似を用いて、円周率のより精度の高い近似を求めることを思いつく。ロケット噴射までのタイムリミットはあと30分。それを超えてしまうと、永遠に地球に戻ることは不可能となる。あまり多くの正多角形のケースを試す事はできない。はたしてあなたは、π>3.05を証明し、地球に帰還することはできただろうか?このとき、あなたの運命を決めるのは、少数第三位までの近似なのである!

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