2012年12月23日日曜日

印西市による手賀沼周辺のセシウム汚染調査

印西市はLB2045を持っていて、土壌調査を行っている。ただし、農耕地のみの調査なので、部分的に耕したり、田起こししたりすると、汚染が撹拌されて、正確な汚染状況を把握できない可能性がある。とはいえ、少なくとも現在進行形で農作物を栽培している畑地や水田の汚染度合いを知っておくのは有益だ。印西市の取り組みを評価したいと思う。そのデータは市のホームページで公表しているから、汚染の様子は誰もが確認できる。ただ、表の形式でまとめているだけなので、地元の地名に疎い人は汚染分布がわかりにくい。そこで、手賀沼周辺だけだが、地図に落としてみることにした。
手賀沼とその周辺の地図。
印西市がセシウム汚染を調査したところには
ピンを置いた。黄色が500-600 Bq/kg,
オレンジ色が800-900 Bq/kg程度。
手賀沼は、かつては透明度の高い湖で、魚が多く住む豊かな水域だったという。その形は、ひらがなの「つ」のような形をしていたが、江戸時代から進んだ干拓によって2つに分断されるような形になってしまった。現在は柏、我孫子側に大きな手賀沼が残り、印西市の方に小さな部分がある。この2つは細い流路と用水路(あるいは運河)によってつながっているだけとなった。干拓した場所には縦横に用水が走って、「魚の骨」のように見える。

干拓したのは、水田にするためだったのだろうが、周辺の宅地化が昭和40年以降に急速に進み、下水などの生活用水などによって水域が急速に、そして激しく汚染されたという。そこで、手賀沼の水質を改善するために設置されたのが、下水処理施設、すなわち「手賀沼終末処理場」だ。

今回問題になっているのは、この下水処理場に、柏や松戸のゴミ焼却場で生じた灰を運び込む県の判断だ。この焼却灰は、8000 Bq/kg以上の放射能を持っていて、放射性セシウムを「大量に」含んでいる。それが、汚染の歴史に苦しんで来た手賀沼に運び込まれるとあっては、住民が怒りを感じるのは無理も無いことだ。

福島原発から関東に降り注いだ「死の灰」(放射性セシウムやストロンチウム90など)は、柏市の付近に大量に降下した。雨に伴う汚染なので、湿式汚染と言われるらしい。(風に乗って飛来し、地面に降下したときは「乾式汚染」といい、こちらの方が汚染は弱くなるらしい。)印西市の調査によれば、手賀沼周辺では800-900 Bq/kg程度の汚染が、農地で発生している。このような汚染された地域で、木を燃やしたり、落葉を燃やしたり、雑草を燃やしたりすれば、当然「死の灰」は濃縮される。放射能物質は拡散したまま処理するのが一番安全であることは、放射線防護学でも最初に教えることだ。

原爆をアメリカ本土から日本に運搬する際も、濃縮ウランを細切れに切って「臨界質量」を下回るように「散り散り」にした。自発核分裂による中性子線のフラックス(放射線の束)が強くなりすぎないようにするためだ。原爆を爆発させるときは、逆にダイナマイト等を利用して、ウランの細片を中心部に押し付けるように圧着させる。臨界質量を突破し、連鎖反応を引き起こすためだ。

このように、濃縮が御法度ということは核物理学者でなくても、放射線防護の専門家なら誰でも知っている。しかし、環境問題や汚染対策を担当して来た行政の係員、役人の人たちは、ゴミを減らすことしか教えてもらってない。核物理というのは、田崎さんの本にも書いてあるけれど、「常識が通用しない」。この場合には、むしろ「常識と逆のことをするのが『常識』」なのだ。汚染されたゴミは焼却してはいけない。煙にのって広域を汚染するし、残った灰は放射能が強くなってしまう。現に、手賀沼終末処理場に運び込むのはキロ当たりで4万ベクレルにも及ぶ非常に高い放射能をもった灰だ。現在の手賀沼周辺の農地が1000ベクレル/キロの汚染があると高めに見なしたとしても、焼却してしまったことで40倍に濃縮されてしまったことになる。

そもそも、この「死の灰」は東京電力の所有物だ。誰もが納得する解決法は、東電に返却することだろう。東電は、原発用に確保した、人が入ったらすぐに死んでしまうようなひどく汚染された広い土地をもっているのだから、少なくとも、そこで「仮置」すべきだろう。

(追記:ちなみに、印旛沼近くで行った私の調査ではこのような結果が出ている。)

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