2012年1月7日土曜日

黒体/黒体放射に関する日本の教科書

黒体の勉強の際に読んだ本をメモっておこう。

1: 小山慶太著「ノーベル賞でたどるアインシュタインの贈物」NHK出版(2011).

早稲田の科学史の先生。この先生の書いた「漱石が見た物理学」は結構おもしろかった。この本もなかなか面白いのだが、黒体に関しては無力だった。黒体の概念に触れないよう、注意深く書いているのがわかる。この本では「黒体」の文字がいっさい登場しない。「熱放射」という言葉を使って、黒体に関わるあやふやな点を避けて通っている感じ。

2:太田浩一ほか編「アインシュタインレクチャーズ@駒場」東京大学出版会(2007).

松井先生のLecture 4に黒体の記述が現れる。「『発光する黒体』というのは奇妙に聞こえるかもしれませんが、吸収するだけでは物質は熱平衡には達しません。吸収と放出がつりあってはじめて熱平衡が実現できるのですから、『完全黒体』も熱平衡では発光しなければならないのです。」とある。この記述は、黒体と黒体輻射がごっちゃになってしまっているような気がする。ちなみにMax Planckの教科書には、黒体の定義として「やってくる光を全て吸収し、その裏側の面から透過もしない物体」と書いてある。つまり、黒体は「発光しない」といっている。Planckの教科書を読めばすっきりするのだが、「黒体」を考えるときは、物体の外から光を照射することを考えるのだが、黒体輻射を考えるときは、物体内部の輻射場(熱平衡にある)が物体の外に漏れ出す光を考える。

3:S.ワインバーグ著(小尾信ヤ訳)「宇宙創成はじめの三分間」ダイヤモンド社(1977).

この本は以前にも読んだ。が、何度読んでも学ぶべきところがある。第三章に黒体輻射の記述があるが、この本の主題は宇宙マイクロ波輻射背景にあるから、主に熱平衡に視点がある。「完全に吸収するどんな表面からでも、任意の波長において一平方センチから毎秒放たれる輻射の量も本質的には同じ公式で与えられるので、この種の輻射は”黒体輻射”と呼ばれている」とある。日本語としてちょっとおかしい。一度読んだだけでは意味がわからない。訳がおかしいのか、それとも原文がおかしいのか、すぐには判然つかない。ワインバーグはノーベル賞受賞者だし、彼が黒体や黒体輻射の概念を間違えるはずはないだろう。万が一、間違えているとしたら、大きなショックだ。とすると、訳がおかしいと思った方が安心する(小尾先生ごめんなさい)。意訳してみよう。

まず、「この種の輻射」というのは、前文にある「物質と熱平衡にある輻射」のことだ。原子と光子の多体系が熱平衡にあるとき、光子の波長分布がある公式(プランク公式)に従うわけだが、それが(吸収率が100%の)黒体表面を通して外へ放たれる輻射の波長分布と同じ公式に従う、という意味だろう。このとき、「黒体」になっているのは、物体の内壁であって、外壁のことではないと考えると分かりやすい。このとき、外壁は黒体にはなってないが(なっていてもよいかもしれないが、その場合を考え出すと夜眠れなくなるのでここでは止めておく)、「黒体輻射」が出てくると考えるべき。

もう少し別の観点から、意訳してみる。「黒体輻射」というのは、そもそもは「吸収率100%の壁を突き抜けて、外に出てくる輻射」という定義だ。この輻射のスペクトルが、熱平衡にある原子光子多体系のスペクトル分布と同じであることがわかった。ところで、100%の吸収率を持つものは黒体だ。よって、熱平衡にある物質(これは黒体でなくてもよい)から放たれる光のことを「黒体放射」とあだ名のように呼ぶ慣習が始まった、と説明しているような気がする。しかし、この短文だけでは、やっぱり意味がハッキリしない。


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