2011年5月8日日曜日

「宇宙創世 はじめの三分間」を読む

Steven Weinbergの一般向け書籍の名著。この本に啓蒙されて、宇宙論/素粒子論に進んだ科学者はかなりの数にのぼると思う。和訳は小尾信彌(天体物理学者)で、ダイヤモンド社から1977年に初版本が出ている。原著も1977年出版なので、そうとうなスピードで翻訳したと思われる。(最近知ったのだが、1993年にWeinberg本人による改訂版が出版されている!これは是非買って読まねばならぬ。こちらの方はまだ翻訳がないようだ。)

もう何度もこの本は読んだ。最初に読んだのは学部時代(確か3年のとき)。一応読み通したものの随分苦労した。(実はずっと後になって気づいたのだが、和訳にちょっと難があって初心者にはわかりにくいのだ。)次は大学院に入ってから。物理の基礎が随分固まって来ていたので、なんとか理解できたが、それでもまだ浅い理解だったと思う。英国の大学に就職してからは2回程読んだ。このころになると、素粒子論の理解が随分進んでいたので、和訳のおかしいところなども含めてかなり深いところまで理解できた。そして、今、再度読み直しているのは、実は教科書執筆のため。

今回読んで理解を深めたのが、膨張宇宙論の意味だ。

人間は元来定常宇宙論が好きで、古の宇宙模型はたいてい定常型。その究極の例は、アインシュタインが相対論に付け足した宇宙項だろう。これは、自分のつくった一般相対論が膨張宇宙解を出さないように、「人為的に」付け足した項だ。後年「人生最大の失敗」といって取り下げると同時に、ひどく反省したという。アインシュタインですら、最初は定常宇宙論の虜であったということだ。

定常宇宙論は非常に心が安らぐ。宇宙は不変で、過去も未来もずっと同じ世界が続くことが補償されているからだ。(実は、日本の戦後60年も、似たような感じがあったと思う。この平和がずっと続くと勘違いしてしまった。しかし、変化はある日突然やってくるもの。大地震、大津波、大噴火、大竜巻、大雨、などなど、自然が大きく変化すると人間の心の平安は粉々に砕かれてしまう。)

哲学的あるいは宗教的には、膨張宇宙論は確かにそれなりの意味がある。しかし、物理的な意味はもっと深くて単純だ。それは、膨張宇宙を認めると、宇宙の「温度」が必ず時間と共に下がるということだ。(これはつまり、宇宙の歴史は、時間に沿って記述しても、温度に沿って記述しても、どっちでもよいということ。)温度が下がると、相転移が起きる、粒子の生成消滅の様子が変わる、多体束縛系(原子核や原子)が出来る、星ができる、銀河が出来る、と行った具合に、様々な「構造変化」が可能になる。つまり、宇宙の多様性の源は膨張宇宙にある、といってもよいだろう。一様で不変な宇宙は、きっと飽き飽きするような簡単な構造(いわば地平線の続くアメリカ中西部の景色のようなもの)で、三陸海岸や英国海岸のような多様性は生まれないはず。

もちろん、ビッグバンは劇的な現象で、それ自身が興味深い。しかし、そのエネルギー密度が無限大で、そこから全てが生まれることを約束するのは、単衣に膨張する宇宙という事実に他ならない。いわば、ビッグバンは二次的なものであり、膨張宇宙の方が本質だ、という意味だ。

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