2011年3月31日木曜日

無視された京大原子炉(原子力安全グループ)の研究成果

さきほどの文章から知った、京都大学•原子炉についてちょっと調べてみた。調べるといっても彼らのホームページを拝見しただけだが、そこに驚くべき研究成果が蓄えられていることがわかった。有用な知識/提言の宝庫といってもよいだろう。そしてその宝庫に入っていたのは、今回の福島原発事故のような事故が起きる可能性を予言した(30年前に!)一連の文書だ。これらの「宝」が長年無視されてきたことが、今回の東電の対応をみればよくわかる。

膨大な量の資料が公開されていて、それら全てに目を通すのは大変だと思う。いくつか目に留まった資料があるのでそれを紹介したい。

この文書の制作者は原子力安全研究グループと呼ばれる京大原子炉のサブグループで、彼らのゼミの資料をまとめたものを文書にして公開している。その第一回(1980)と第97回(2004)の小出先生の資料を見てみたい。

まずは第一回から見てみよう。1980年の発表である。最初の頁に「事故が起きた時、放射性物質の放出を食い止められるか」という問いかけがある。食い止めるための方策として、緊急炉心冷却装置、格納容器の頑強性などがあると紹介がある。しかし、「これらの装置がちゃんと作動するかどうか、また作動しても有効に働くかどうか不確かだ」と主張している。

緊急冷却装置などの、こまごまとしたシステムがうまく動かなかったり、動いても効果がなかったり、ということはありえることだ、とさすがの原発推進者も認めようだ。しかし、格納容器が壊れてしまうと、その末路は「破局的」なものになるため、どの原発安全審査会においても「格納容器だけは何があっても壊れない」と根拠のないオウム返しが繰り返された、と報告している。つまり、格納容器の安全性については、科学的、論理的な議論は最初から抜き取られてしまっていた、という。失敗を見たくない、事故が起きたことは考えたくない、という「思考停止」状態の議論がなぜ許されたのか?(経済問題であったことは想像に難くない。)

資料の3頁目に「原子炉事故における崩壊熱の重要性」というセクションがある。これはまさに「福島事故の予言」だと思う。このセクションでは津波が危ない、と名指ししているわけではない。が、なんらかの予期できぬことが起きて、それがもとで崩壊熱を制御できなくなったとき、格納容器は壊れ、「破局」が訪れるといっている。

原発開発の初期には、原子炉自体が小さく崩壊熱も小さかったので、冷却装置が壊れても「頑強な」格納容器は熱破壊に耐えうる、と推進派は主張し、「思考停止」の議論も、ある程度は正当化することができた。しかし、炉の大型化による崩壊熱の増大によって、その根拠がすぐに消えてなくなってしまった。つまり、論理的に考えれば、冷却装置が壊れた時、炉心は必ず溶けて壊れてしまうこととなる。

そこで、推進派は「絶対に緊急冷却装置は壊れない」という、最初の考えと矛盾する論法を振りかざし始めたという。そういう議論の例がいくつか紹介されている。その一つが、敦賀原発の安全審査報告書。推進派によって書かれたこの報告書には驚くべき真実と嘘とが入り交じっている。

まず、この報告書は正しく水素爆発の危険性を指摘している。「燃料溶解が起きた場合」を仮定して議論しているのだが、その場合、燃料を保護するジルコニウムが、炉の減速材かつ冷却剤である軽水(水のこと)と化学反応を起こし、水素ガスが発生する可能性がある、と指摘している。この予想は今回の福島の事故で正しかったことが証明された。ある意味素晴らしい論理力といえよう。しかし、次の文が驚きである:「水素ガスが発生しても、水素爆発は絶対に起きない。それは原子炉内部は不活性ガスで満たされているからである。」不活性ガスとはヘリウムやアルゴンなど、電子軌道が電子で埋まり化学反応(この場合は酸化、つまり燃焼)しない気体のこと。

今回の事故についての無数にある解説報道のうち、「不活性ガスが機能せず失敗した」ため水素爆発が起きた、というものは皆無だ。そもそも、東京電力が水素爆発という説明をしたのは、爆発が起きてから数時間も後のことだった。しかも最初は爆発したことをなかなか認めなかった。「不活性ガスがあるから爆発するはずがない」と条件反射してしまったのだろう。つまり、認めなかったのではなく、「理解できなかった」といったほうが近いと思われる。「システムが作動しなかった時どうなるか」という思考訓練を積んでいないと、よく「頭が動かない」といわれる状態になる。(昔、英国に住んでいた頃、自宅で空き巣と鉢合わせたとき、そういう状態になったことがある...)

冷却装置が壊れてしまった時、すぐに「水素爆発が起きるだろう」と正しく解説した人はいなかった。(追記:実は居たにも関わらず、メジャーな報道機関はそれを報道しなかった。)1970年代にすでに議論されていたのに、どうして忘れ去られてしまったのか?それとも、これが起きることを知っていた人は、色々な意味で消されてしまったのだろうか?教科書からも消されてしまったことなんだろうか?

実は、東京電力が無視した警告はまだある。専門家の間では、1100年前に三陸で起きた「貞観地震」が、今回の地震と同程度だったことが知られていた。特に、産業技術総合研究所の報告が2010年にまとめられており、東京電力に注意勧告していたにも関わらず、東電はそれを完全に無視していた。2009年の耐震対策の審議会の後などは、「貞観地震程度なら想定内」と言い切っていた東電だが、今回の地震は「想定外だった」と主張しているようだ。このやり取りをみると、1960年台の安全審査で見せた振る舞いと瓜二つだと思う。いつでも論理が矛盾している、という意味で。

追記:東京電力は、作業員一人一人がつけるべき「線量計バッジ」を、作業グループの代表に一つ与えただけであったことが判明。これは作業員の安全性を無視したやりかただ。これでは、前線で命を懸けて働く作業員が高度の被爆をしているかどうか、まったくわからない。英紙ガーディアンには作業員の待遇がとても悪いことに力点をおいた記事が載っていた。東京電力のやり方は日本のイメージを悪くする。

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