2008年12月24日水曜日

Steven Chuの最近の動向

Physics World April 2008号に、Steven Chuの最近の動向についての記事があった。彼の経歴に沿って、彼の興味がどのように変遷してきたかを紹介しながらの解説で、読みやすく分かりやすい文章だった。

1948年セントルイス生まれ。両親はともに中国からの移民で、MITで博士号を取った秀才同士。Chuの兄は幼少のころより有名な秀才でプリンストン大学へ進んだ。さらに、従兄弟のうち二人はハーバード大学にいったという。ここまで書くとしつこいくらいの秀才の家系の出だったようだが、しかし、本人はというと、大学までは鳴かず飛ばずで、大学院でバークレーに入った辺りにようやく才覚が目覚め始める。きっかけは、それまでの数学や理論物理といった理論系の分野への興味が薄らぎ、実験物理に転向したことであった。バークレーに残ってポスドクをしていた時、大学からAssistant professorのポジションをオファーされたが、それを蹴ってベル研へ就職。ここで10年間レーザー冷却の基礎実験に携わり、後にノーベル賞受賞へとつながる業績を残す。30歳から40歳になるまでの時期である。ここで、思い切った転身を更に図る。レーザー冷却のテクニックを生物物理学へ応用する研究を始めたのである。この際、スタンフォード大学へ異動した。1997年にレーザー冷却でノーベル物理学賞を受賞したが、スタンフォードにいた時は、実はその当時物理のフロンティアであった超低温下のボーズ気体の研究には手を出していなかったことになる。数年前からLBNLの所長に就任し、バークレーに戻る。細かい生物物理のテーマに手を染めつつも、環境問題の解決を目標に、人工光合成の研究など、巨大プロジェクトを統括しているとのこと。平日は所長としての仕事に忙殺されるため、週末に自分の研究をするらしい。必然だが、家族とゆっくり過ごす時間がないのが残念と宣う(そりゃそうだ)。

Steven Chuは、悪く言うと「単細胞」というか、いわゆる理系あたまの思考をする。つまり、ものごとをつねに単純化して考える。物理の研究にはこのやり方はとても有効なのは認める。しかし、深刻な社会問題を解決しようとする巨大な組織の長として、しかもそのための超大型プロジェクトの最高責任者としては、簡略化しすぎたものの考え方を押し進め過ぎではないか?という危惧を感じる。とりわけ、環境問題に対する彼の楽観的態度にはちょっとした違和感を感じる。「科学を総動員すればかならず解決できる」という、数年前の環境問題の国際会議で発言していた彼の言葉は、人類が何度も聞いてきた非真的な言葉だと思う。Chuはマンハッタン計画とだぶらせて考えているようだが、オッペンハイマーは文学や歴史など人文系学問にも精通していた。頭脳明晰というだけでなく、人間の非線形な部分にも多少は気のつく物理学者だったと思う。

成功し続けてきた男には恐怖の2文字はないのかもしれない。確かに、WarwickでSteven Chuの講演を聞いたとき、天才だと思った。しかし、挫折や失敗を乗り越えてきた人間の立場から見ると、環境問題に関しては彼ですら転ける可能性が大なのではないだろうか?Chuが失敗した時のショックはあまりに大きすぎるであろうから、多くの人が脱力してしまうだろう。故に、今からバックアップのプランの用意はしておかねばなるまい、そしてそれが必ず役に立つ日がくるような予感がしてならない。環境問題はそれほど根の深い、恐ろしい問題のような気がしてならない。オッペンハイマーは原爆の閃光をみて成功の喜びの直後に、初めて恐怖を感じたという。彼ですら、物事を単純化しすぎていたのであろう。

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